かいじゅう版 松阪市議会通信 vol.2 2003年7月10日発行
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巻頭言
議員としての約束

「議員が市民の皆さんにお約束できることは何だろう」。
いわゆる、公約というものを考えたとき、わたしの中で真っ先に浮かんだ解答は、毎月、市議会新聞をつくろうというものでした。
今回はその新聞の第2号です。
さて、市議会は4月の改選後、5月の臨時会、6月の定例会をおこないました。今号では、定例会でわたしがおこなった一般質問を中心に、この2か月の議員活動を通し議会のあり方について皆さんと一緒に考えていく材料を提供させていただきます。

INDEX
2〜3ページ  6月定例会(6月議会)
        を終えて
4〜10ページ  一般質問
11ページ   議員日記
12ページ   議会用語解説、編集後記

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6月定例会(6月議会)を終えて―――
「原案通り可決」に異議唱えたい

5月の臨時議会(正副議長選挙、常任委員会の委員割り振り、農と匠の里(ベルファーム)のイングリッシュ・ガーデンの建設請負契約などの議案)と、新しい市長のもとで追加した予算案について審議する6月の定例会はアッという間に終わってしまいました。ほとんどの議案は「異議なし」の大合唱のもと、トントン拍子に原案通りの可決でした。
「原案通り可決」。
この言葉を聞くたび、「本当にこれでいいのか?」という叫びのようなものが自分の中に起きます。
議決は挙手でおこない、「賛成多数」ということで次々と議決していく議案が多く、公式の記録として、どの議員がどの議案に賛成し、または、反対したかについてはもちろん、賛成が何票、反対が何票だったかさえ議事録には残りません。
しかし、10年後、20年後の市政に対しても責任を持つよう、氏名を明らかにして賛否をとり、記録に残す方法を導入していく必要を感じました。
わたしは、なにも、議案に反対するために議員になったわけではありません。むしろ、市側に対して積極的に政策を提案していく力を持った議員でありたいと願い、政策力を身に付けるための努力を続けています。
9月まで議会のない7、8月は、議会改革と、これからの松阪のまちづくりに必要な政策提案のための勉強や市民と皆さんと一緒に政策づくりを進める時間に充てたいと思います。

6月議会の主な議事

11日 午前10時 本会議
    市長の所信表明
    15年度補正予算(肉付け予算)案を提案、
    市長が提案説明。
16日 午前10時 本会議
    市長の所信、補正予算案に対する代表質疑
17日 午前10時 本会議
    市長の所信、補正予算案に対する代表質疑
    議案質疑
20日 午前10時 本会議
    一般質問
23日 午前10時 教育民生委員会、産業経済委員会
24日 午前10時 総務委員会、建設水道委員会
27日 午前10時 本会議
    委員長報告、質疑、討論、議決


 下村猛・新松阪市長のもとで肉付けされた平成15年度の本予算案について審議する6月議会(6月定例会)は、6月11日から27日までの会期での開催でした。
 わたしは、今回の一般会計補正予算案が、農と匠の里(ベルファーム)事業に補正額(約42億円)の約3割にあたる約14億円、総合運動公園約4900万円、中部新国際空港海上アクセス関連事業約1800万円を含んだものであったことから反対しました。
 今回、わたし自身、初めての選挙と議会にのぞむにあたって、後戻りのできないところまで進んでいる農と匠の里(ベルファーム)事業など大型事業に対して自分自身、いかなる姿勢をとるべきか、判断に迷いました。特に「農匠」は、伊勢自動車道の松阪インターに近いアクセス道路脇で、日々、工事が進み、建物の形も見えているのですから。しかし、当選間もない5月の初議会(正副議長や常任委員会委員などを選任する臨時議会)で農と匠の里の目玉事業となるイングリッシュ・ガーデン(英国式庭園)造営のための請負契約の是非について判断を迫られました。
 そこで、さっそく、現地に向かい、市担当者に造成現場を案内してもらい、説明を聞き、必要な調査をおこなった結果、自分でくだしたのは、松阪でおこなうには「必然性のない事業」という判断でした。
 さて、市長の場合はどうでしょうか。
 農と匠の里(ベルファーム)や総合運動公園について、市長自身、「いまの時代にベルファームや総合運動公園の構想を思いつき、はだてる人はいない」としながらも、「(農と匠の里事業は)やらなしようがないやないかというのが本音」と今回の議会で答弁しました。さらに、「(総合運動公園について)土地が市の手の中に入ってしまっている。後戻りは難しい。土地を市民のために活用していくことでご理解いただきたい」と述べるなど、これらの事業に本音のところでは極めて否定的な見解を示しています。
 これら2つの事業は、バブル期の90年代初めに、当時の奥田市政のもとで構想され、それに対する議会の「賛成多数」によって広大な土地を取得し具体化してきたものです。過去の市政がとった方針や議会の議決が、今日、いや、将来の松阪市に対して影響を及ぼしています。
 農と匠の里も総合運動公園も、もう過去のことだから、いまとなっては進めていくしかないという論理は納得できません。一連の構想が生まれた10年前にもその問題点を指摘する声はあったわけですし、その当時もまた、それらの声は少数意見として切り捨てられています。
 市長は「自分は住宅ローンで家を建てた。返すとき当てにしていた退職金が出なかったとする。それでローンを返済できなくなったとしたら、借りたあなたが悪いと言えるだろうか」というたとえ話をしたうえで、「そのときその時代に将来の見通しを立てて、(農と匠の里などの大型事業を)やってきた。それが間違っていたとは言いづらい」と述べています。
 しかし、それは明らかに過去の松阪市政の政策的破たんです。当時、反対した少数意見の方が正しかったということになります。当時の議会の責任とはいかなるものでしょうか。一度、しっかり、問題を直視していかなければなりません。現在の議会もそうです。そのときどきの判断に責任を負うという意味からも「賛成多数」とするだけではなく、賛成者、反対者の氏名を公式の記録として残すべきです。

6月議会一般質問

28人の在籍議員のうち、質問者はたったの3人。寂しい一般質問でした。あらゆる機会をとらえ、発言を求めているわたしは当然、質問をおこないました。以下、質問全文を掲載します。


【海住恒幸の一般質問(6月20日)】


政策決定プロセスを、「農匠」型から
市民参加・協働型に変更を

 合併を控えた松阪市は、これまでの政策決定プロセスのリセットが必要です。それは、「農と匠の里」など従来の大型事業に見られた政策決定に至るプロセスを、市民参加・協働を基本とする政策づくりに改めるという提案です。これに対する市長及び総合政策部長のご所見をお伺いしたいと思います。
質問は3つあります。

  • 1つ目は、大型事業は構想の段階から広く市民に知らせ、市民の意向を聞いてから具体化すべきと思うが、市長の方針はどうかという点。
    平成13年に開園したカネボウ跡公園「鈴の森」建設時におこなわれた市民との協働事例を基にお聞きします。
  • 2つ目は、まちなかのにぎわい回復について目標達成型の政策をつくっていくための総合行政を市民と一緒に実施していく考えはあるかどうかという点。
  • 最後3つ目は、コミュニティ再生に向けた政策について。合併を目前に控え、いまからただちに構想しておくべき支援策を提案しますので、見解をお示しください

 

1.「鈴の森」の協働事例を他にもいかしてほしい
 「鈴の森」は、市民・NPOと行政が協働してつくった先駆的な事例として、県内はもとより県外でも紹介され、13年度の三重県バリアフリー大賞を受賞しています。
 一見、シンプルな公園ですが、この公園には公園づくりに自発的に参加した大勢の市民の思いとアイディアがぎっしりと詰まっています。
 バリアフリー大賞の受賞につながった多目的トイレづくりにおいては、電動の車いす利用者と市担当者が、市役所自慢の市内のバリアフリートイレを実際に訪れ、実は使い勝手の良いものでなかったことを実地で検証。その成果をカネボウ跡には生かしています。歩道も電動車いす同士が自由にすれ違えるよう幅を取るなど、公園中が市民の提案に基づいた、バリアフリー化を実現しています。
 もう1つの特色は、公園内にできるだけ、本当の自然に近い状態の自然を再生することでした。
 例えば水路1つとっても、意識的に蛇行をつくり生物が育ちやすいよう、せせらぎにし、木々も野鳥がたくさん来るよう配慮した植生としています。水や野鳥、昆虫などに詳しい市民と意見交換をするまで市の担当者も気づかなかったといい、市民の声を反映したことで実施設計とは姿をがらりと変えた所が随所にあります。こうしたことは従来の公共事業の中では考えられないことです。
 「鈴の森」づくりの市民参加は、自発的に集まった市民によって、平成11年2月以降、足掛け2年にわたり、頻繁にワークショップをおこない、あるべき公園像を探り、市側担当者と意見交換し、市内はもとより県外へも公園の見学に行くほどの熱心な取り組みでした。
 こうした過程でおこなわれていった市民と市役所の協働は、行政の人だけだったら気づかなかった市民の知恵や多様な市民が持つ専門性に、行政の仕事がうまくかみ合った事例で、これぞまさにコラボレーションでした。
 13年4月の開園前には公園の名前の一般公募や公園パンフレットの制作、オープニングイベントの実施に至るまで、その多くの作業が市民の手に委ねられました。これは、市民と行政の双方にとり、実に豊かな協働の経験の蓄積になったと思います。
 しかし、最初からうまくいったわけではありません。なにせ、ことの始まりは、工事入札は終わったあとだったのですから。当然、実施設計は済んでいます。どのような公園になるのかが決定され、造成工事にも入っている中で始まった意見交換だったのです。
 それだったにもかかわらず、水を流すためだけに一直線に掘る予定だった水路を、工事現場でおこなった市民の提案で蛇行に変えてもらいました。当初のプランには一基数千万円もする巨大遊具の設置がありましたが、同種の遊具が設置されている名古屋の公園を見に出掛け、こんな遊具だったら要らないと提案。設置をやめてもらいました。噴水も要らないと言いましたが、何度議論しても行政は「これだけは付けたい」と言い張るのでとうとう譲ったところ、なんと子ども達に大人気となりました。


鈴の森に勢ぞろいした屋外アートのギャラリー

 この事例は、たまたま、良き公園担当者と市民との出会いから、結果オーライとなりましたが、工事の途中から協働が始まったことからも分かりますように、まったく制度にはない手法によるところの偶然の成功例となりました。しかし、わたくしはそれを一回だけの偶然にしておいてはいけないと考えます。市民と行政が協働してものごとをつくりあげていく仕組みを制度として確立すべきであると考えるからです。
 カネボウ跡の「鈴の森」では、公園の開園直後に、公園内への埴輪展示館の建設が決まりました。市民参加でつくった公園に新たに建物を建てることによって、せっかくみんなでつくった公園の風景が変わってしまうかもしれません。それでは、2年間続けてきた協働が台無しになります。やっぱり、展示館を建てようというとき、建物が出来たら景観がどう変化するか、シミュレーションしてみるとか、そのような作業をおこなうことがマナーです。ところが、実際はいつの間にか、工事中のロープが張られていたというのが本当です。
 これは、市民と行政の協働関係が制度、仕組みとして存在しなかったことや、公園は都市計画課、展示館は教育委員会の仕事という縦割り行政が原因したことであると思われます。
 展示館の良し悪しを言っているのではありません。市民の慣れ親しんだ風景や環境を変えるなど影響をもたらす可能性のある公共政策には、構想の段階から常に広く市民と情報を共有するため、十分な情報提供と説明とをおこない、初めから事業ありきではない議論と提案を重ねるなど、政策的意義を共有していく必要があります。これらのプロセスは日本以外の先進国ではイギリスでもアメリカでも普通におこなわれていることです。
 構想の具体化や建設場所の選定、基本設計、実施設計にあたっても市民、専門家を交えた協働関係を、例えば、協働委員会のような形に発展させて事業化していけばいいと考えます。どのような契約方法が妥当かを決めるのもこの委員会です。会議は常に公開です。
 また、「スローな公共事業」と言って、地域の高齢者や経験者に小遣い程度ですが稼いでいただこうと建設作業にまで市民参加を採り入れる方法もあります。これは県内でも藤原町で実際におこなわれています。
 地方分権時代には、公共事業でも、街の人が胸を張れるものであってほしい。「(農と匠の里の市長答弁のように)もう用地を買ってしまったから後戻りは出来ない」では行政として責任を負えない。計画の前の前の段階で、本当に必要な事業なのか、たんに、市長の進めたい政策として判断をするのではなく、地元以外の幅広い市民に構想を示し、積極的に情報を提供。初めから事業ありきではない事業提案と、必要に応じ、市民に協働を呼び掛けるなどのプロセスを経るなどの手順を設けることなどを明文化してはどうか。
 市長の見解はいかがでしょう。すでに松阪市には、市政マネージメントシステムの根幹を成す政策形成システムがあるわけですが、わたくしがただいま示した公共政策着手に向けた条件の実現は、市政マネージメントシステムの運用によって可能であると判断してよいのでしょうか。同システムは市民に分かりにくい構造で、実際の運用にはまだまだ課題が残されているように思えます。その点、問題はないか、併せてお答えいただきますよう、お願いします。

【答弁要約】
市長:社会福祉協議会で地域福祉計画を作成する際、100人委員会という考え方を出した。これは松阪の地域福祉のあり方についていろんな市民の考え方を集約し、身近なものとしてつくり上げていくていくもの。その考え方の根底にあったのが鈴の森公園だった。当時の係長が市民と協働していく姿を見てこれからはこれだという認識を持った。大型事業ということだが、間口の広いもの、狭いもの、範囲とする市民はいろいろ出てくると思うので、仕組みについてはこれから検討させていただきたい。


2.目標達成型の「まちなか政策」を
 次は、2番目の目標達成型の「まちなか政策」の導入についてです
 わたくしは、中心市街地のにぎわいの回復について、「人の住みか」としての街を再生していく「まちなか政策」をおこし、市民主導で、行政がそれをサポートする、いまはやりの「補完性の原理」のような形で実施できないものかと、考えています。中心市街地では、さまざまな市民の努力によって、各種のイベントやまつりがおこなわれていますが、中心性の衰退の歯止めにはつながっていないのが現状です。特に高齢化と空き店舗、空き家の増加に見られるよう人口の減少が深刻です。例えば、本町、魚町、日野町、中町、殿町の5町の人口動向ですが、この5町で昭和45年(1970年)には6962人ありました。それが10年後の昭和55年(1980年)には5011人、30年後の平成12年(2000年)には3044人となっています。30年間で56%の人口減があったことになります。
 マニフェストとまではいきませんが、政策には、具体的な目標が必要であろうと考えています。現在、3000人ほどとなった人口を当面、昭和55年の5000人の大台にまで回復させる。例えば、このような目標を持って、その目標を達成していく地域総合政策を打ち出していく市役所に生まれ変わっていってほしいと願うわけです。これまで市民のさまざまなまちづくりや文化活動にかかわってきて、わたしには行政の側である松阪市の機関としてのスタンスが見えなかった。松阪市は、市民と協働してまちづくりを担っていくパートナーであるはずですから、政策主体としての顔を見せてほしいのです。わたしの中にはそのような不満というかもの足りなさがずっとくすぶっていました。お尋ねしたいのはそのあたりのことです。松阪市が目指す施策の方向としてお答えくだされば結構です。ただし、目標年次はお示しいただきたい。
 質問に答えていただくためにもう少し説明を続けます。わたくしはこれまで市の行政を見てきて、まちなか政策と言えば、商工振興係が窓口となる国の補助金の適用、都市計画課の街路行政等に個別限定化され、窓口が違えば、「それは何々課である」と行き先を振られた、中央集権時代の国の省庁別の縦割り行政そのままであったという印象を持っています。
 国の制度への適用のみにきゅうきゅうとして、市独自の政策を打ち出す工夫をしてきたようには思えません。国が持っているメニューを探すだけの受け身の姿勢では、目標達成型の地域総合行政機関には転換できません。
 例えば、先に挙げた5町なら人口を、当面、5000人に回復させるという目標を掲げれば、そのことによって予想される効果として、街にある程度のにぎわいが戻り、商業環境が好転。コミュニティ・ビジネスと呼ばれるような、まちなかでの起業活動が増えたり、市民の自発的なNPO活動に広がりが生まれたりすることが考えられたりします。
 市民のアイディアを施策にとり入れ、まちなかから絶えず何か新しいものが生まれ発信される街になることで、「人がイキイキ。街も元気」な松阪につなげるという好循環のシナリオを作成することができます。
政策実現を目指すからには、当然、個々の施策が互いに影響を及ぼしあって獲得が予想される効果を視野に入れて、あるべき街の方向をイメージしなければなりません。目標を達成するという課題に付ける1つの条件は、街のにぎわいと生活のにおい、それに松阪の風情の感じられるまちなかの快適な生活空間の確保です。
 無原則な郊外の拡大に歯止めをかけ、中心市街地に人が住む総合的な政策をいまから始めておかないと、市民の共有財産ともいうべき「松阪のまちなか」と、いったんは膨張した郊外の住宅地もいずれは高齢化し、中心地も郊外も同時に衰退してしまうとの指摘もまちづくりをテーマとする専門家のなかにはあります。そのような街の衰退に歯止めをかけるための「まちなか政策」の推進を、各課の垣根を越えた総合行政で取り組むべきです。
 ただ、これまでのように、いろいろな担当課を寄せ集めればよいというのではだめで、外部からコーディネート力を中心とした経験を蓄積し、チームとしての力量をつけていく必要があります。目標達成のため、コーディネーターとの契約のほか、陣頭指揮を執るプロデューサー、若いボランティア・スタッフにも参加してもらうなどし、1つのプロジェクトを完成させていく態勢を整えるべきです。取り組んでいく内容は頻繁に市民に情報発信していくことが必要になってくると思います。

空き家となっていた民家を活用し文化活動(落語)をおこなう事例=三雲町市場庄で

 みんなで考える「街の仕掛け」として、市民のさまざまなアイディアを生かしてほしいと思います。空き家や空き店舗など活用型の「まちかどミニ図書館」や、市民がプログラムを組んでさまざまな市民が登場するミニFM局は情報発信ツールになります。これらはきちんとしたコーディネーターや、有能なスタッフがそろえば、地域マネーなどとも絡ませ実験的にまちの仕掛けづくりを展開してみることはできるはずです。これらは本来、NPOや商店街などがはだてる領域ではあると思います。しかし、行政の側も、従来のような陳情・要望や、市民の側から言ってくるのをただ待ってそれから検討するのではなく、逆に政策として提案していくだけの柔軟性は必要です。
 東京・世田谷区には区の外郭団体の「世田谷まちづくりセンター」が住民・企業・行政が協働するまちづくりをサポートする機関として実にユニークな活動を展開していますが、松阪市にも市民のアイディアを集め発信し地域のための公益的な活動となって展開していく「まちなか市民活動センター」があればと思います。空きスペースのある社会教育センターなど既存の社会資本を活用すればどうかと思います。
 また、これらの構想すべての前提として、従来のクルマ優先のまちづくりから、ひと中心の徒歩や自転車優先のまちづくりにあらため、省資源型で環境にもやさしいコンパクトシティを目指していくことが前提となります。これらは、わたくしも市民委員の1人として関わらせていただいた松阪市総合計画市民委員会案に込められた趣旨でもあります。
 このような構想や提案を行政に受け止めていただこうと思っていても、これまでの市役所では縦割り行政の壁に阻まれ限界がありました。分権時代に重要視される政策自治体の実現のためには、最初から無理というのではなく、これらの提案をどーんと受け止めつつ、市民と一緒に本気で可能性を探ってみる気概が欲しいです。ともかく、前へ踏み出してみようとする行政文化を松阪市役所に呼び込むことが必要です。
 市民の目線から生まれたアイディアを施策という「かたち」にし、まずは生活者がイキイキとし、そして訪れた人も満足する「まちなか・まちづくり」のための総合地域政策を発信する自治体に生まれ変わってほしいと思います。
 市長、こうした提案をどのように受け止めていただきましたでしょうか。所見をお聞かせください。

【答弁要約】
市長:これもわたしは賛成したい。
総合政策部長 組織や専門家、キーパーソンの存在、市においても部を超えた総合的な取り組みが大変重要であると認識している。


「松阪らしさ」の象徴。堀坂山と阪内川のある風景。


3.市町村合併とコミュニティの再生は同時並行で
 最後3点目です。市町村合併したらもっとも大切になると
 思われるコミュニティの再生についてお尋ねします。
選挙のとき、地元の夕刊三重から次のようなアンケートへの回答を求められました。立候補予定者緊急アンケートというもので、テーマは「新市づくりの施策」というものでした。そのなかに、「市町村合併に伴う新市づくりで重要なこと」という設問があり、わたくしは、次のように答えました。
「コミュニティ再生のため、自治会など小さな単位で住民がおこなうまちづくりの支援。必要に応じ、まちづくりコーディネーターや建築家などの専門家を派遣したり助成する制度を運営する、まちづくりセンターの創設」という回答です。
 合併後の、新しい松阪市の面積は、現在の松阪市の約3倍の623平方キロメートル。これは、政令指定都市の平均約500平方キロメートルを上回る規模です。これくらい大きい都市になりますと、一律均等、効率的なサービス以外は、できるだけ市民に身近なところで決定し、実施する分権型の行政機能が求められます。
 お隣の自治体の話で恐縮ですが、津市の近藤康雄市長は合併について、「いままでとは違う、まったく新しい自治体になる」との認識を示されたことがあります。面積だけはとても大きいのに人口は極めて小さいというのが三重県内の合併です。わたくしは元来、都市は、できるだけ小さく、ほとんどのことが歩いて用足せるコンパクトなまちが理想であると考えています。逆のことを言うようですが、合併を進めるなら同時にコンパクトなまちづくりを進めましょう。
 すでに知られているように、最近、都市内分権という言葉が出回っています。国から県へ、県から市へ権限を移譲しようという団体自治の地方分権だけではなく、市の持つ権限を自治会やさらに市民へも移譲しようという市民自治も注目されています。
 だから、合併して大きな市になりつつも、小さな地域の単位ごと街のあり方を決めていくことが可能だと思います。コンパクトなまちづくりが可能です。その際、制度として必要だろうと考えたのが、
「コミュニティ再生のため、自治会など小さな単位で住民がおこなうまちづくりの支援。必要に応じ、まちづくりコーディネーターや建築家などの専門家を派遣したり助成する制度を運営する、まちづくりセンターの創設」という施策です。
 新しい地域自治を担う人づくり・地域づくりという点からも考慮に入れていただきたいと思います。市長並びに総合政策部長のご答弁をお願いします。

【答弁要約】
市長:合併後のあり方として地域マネージメントシステムを立ち上げ、地域内分権ができる姿を構築したい。



市民の熱気がうずまく松阪祇園まつりの三社みこし


 

6月11日(水)市長所信、予算は一般質問ダメ
6月議会は初めての市議会定例会。初めての「一般質問ができるぞ」と張り切るもつかのま。無会派の議員は、答弁を含めて40分以内と決まっている。これでは、市長や担当部長とやりとりをしようと思うと1つの質問項目が限度だ。時間との勝負だ。それでどんなテーマで質問しようかと考えていると、市長の所信と予算案に関する質問は代表質疑で取り上げるから、一般質問でやってはダメという決まりを押しつけられた。一般質問とは「行政一般に関する質問」の略。市政に関することなら何でもいいわけだが、新しい市長の考え(所信)を聞いたり、新しい市長が初めて提案した予算を質問できないなんてナンセンスもいいとこ。法的にみて会派は議員を代表できない。にもかかわらず、議員個人の議案への質疑権を奪っている。今後はそんなことさせてたまるか。あす12日正午が質問通告提出の締め切り。とりあえず、一般質問に全力投球。

6月12日(木) 一般質問はたった3人
16、17日の代表質疑は、各会派のエース級8人が、次々、登壇する。代表質疑とは、議案(所信、補正予算案)について会派を代表して議論するもの。さあ、わたしの一般質問(20日)は、農と匠の里も海上アクセスも商店街の問題もダメ(本来、そんなはずない)。議案に出てこないもので、しかも、代表質疑に登場しないテーマを見越して選び、議会事務局に提出した。質問票を通告したのはわたしを含め3人。代表質疑もせず、一般質問もしない人は17人。6月11日から27日までの会期は退屈だろうと思う。わたしはさまざまな機会をとらえ、必ず発言するゾ。

6月20日(金)一般質問
きょうは一般質問だった。質問者3人のしんがり。原稿を用意するのに午前3時までかかった。A4の用紙に15ページ。9000字の質問原稿だ。予行演習すると読むだけで20分かかった。残る20分がやりとりとなる。本番でも残り時間はぴったり20分だった。質問を終えたとき、体中から汗が噴き出していた。市長が答弁に立ったそのとき、突然の停電で議場は闇に。そのとき、残存時間を刻んでいた電光掲示板のデータも消去されてしまった。

6月27日(金) ケーブルテレビの議会中継
松阪市議会で寂しいなと思うのは傍聴者が極めて少ないこと。しかし、議会は平日の昼間の開催だから
それもやむを得まい。そこで、少しでも多くの人に議会を見てもらおうとケーブルテレビの中継が検討されている。四日市や飯南町などでは中継されているが、松阪市議会においてはもう何年も前から出ては消えた課題だという。
 前回5月27日の議会運営委員会に続いて、きょうも検討された。前回は委員の間から「傍聴者が少ないのにテレビ中継するのは時期尚早」とか「設備費が高くつくのでは」と消極的な意見が目立った。今回は、中継すればいったいいくらかかるのか、議会事務局が試算し報告した。それによると、議会1回(1会期)あたり約65万円(カメラマン、アシスタントらの人件費、設備費)で、年間261万円。市が中継設備を取り付けた場合は、初期投資が1332万円かかるものの、あとは年間48万円で済む。
 ちなみに、飯高町は市町村合併の条件に、議会中継をすることを挙げているという話も。
 一般質問しても、傍聴者がゼロで、聞いているのは議員と市職員だけというのはあまりに寂しい。合併を待ってからと言わずに、早急に議会中継を始めてもらいたいものだ。


議会用語解説
【KEYWORD】
「代表質疑」と「一般質問」
本文中でもたびたび登場した代表質疑と一般質問。さて、どう違うのでしょうか。ポイントは、「質疑」と「質問」とでは意味が異なるという点です。
「質疑」は、まず議案ありき。執行部(市)から提出される市長所信や予算案など議案に対してなされる質疑。質疑に参加するのは議員の権利であるので、会派の代表であろうと議員個人であろうと参加できる。これに対して「質問」は、議案であろうとなかろうと市政全般にわたっておこなえる質問。代表であっても個人であっても構わない。
このように見てみると、今回の6月定例会で、市長所信と補正予算案に対する質疑を「代表」に限っておこなわせたことは問題である。また、代表質疑と一般質問の区別がつきにくいような、議案からかけ離れた代表質疑もあった。


まちなかの森=日丘町で

 

編集後記
7月。わたしの大好きな月です。子どものとき、松阪に来て聞いた「チョーサヤー」や鳴り物のリズム。そんな祭囃子が聞こえてくる松阪祇園まつりが近づいてくると、ワクワクと気持ちが高ぶります。夏の暑い1日を大勢の人と一緒にみこしを担ぎ、沿道の見物人の皆さんとお祭りムードを盛り上げる。そして夜は3基のみこしが激しく練り込む。そんな祭をおこなえる松阪の人々の活力と一体となれるのが7月なのです。12日は三社みこし、13日は松阪鈴おどりがあり、まちなかはおおいに盛り上がることでしょう。

 

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